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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)832号 判決

控訴人 桑田文次

右訴訟代理人弁護士 秋根久太

控訴人(附帯被控訴人、以下たんに控訴人という) 旧姓福島 桑原静子

控訴人(附帯被控訴人)桑原静子引受参加人(以下たんに参加人という) 峰松孝一

控訴人(附帯被控訴人)(以下たんに控訴人という) 郡司誠造

控訴人(附帯被控訴人)山口照引受参加人(以下たんに参加人という) 山口久子

右四名訴訟代理人弁護士 内田博

右桑原、郡司、山口訴訟代理人弁護士 武田峯生

被控訴人(附帯控訴人、以下たんに被控訴人という) 下出誠

主文

原判決中原告昭和金融株式会社に関する部分を除くその余を次のとおり変更する。

控訴人桑田文次は訴外鈴木徳太郎同鈴木五郎から共同して金一四三万九、〇〇〇円の支払を受けるのと引換に、同人らに対し別紙第二物件目録(一)ないし(三)記載の建物を引渡して別紙第一物件目録記載の土地を明渡し、かつ被控訴人に対し昭和三一年四月二七日から昭和三八年六月末日まで一ヵ月金七三八円、同年七月一日から昭和三九年三月末日まで一ヵ月金九八四円、同年四月一日から昭和四三年二月一〇日まで一ヵ月金一、二三〇円の各割合による金員を支払うべし。

被控訴人の控訴人桑田文次に対するその余の請求、その余の控訴人及び参加人らに対する請求並びに附帯控訴をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人桑田文次の、その余を被控訴人の各負担とし、参加費用は被控訴人の負担とする。

事実

控訴人桑田文次代理人は原判決中同控訴人敗訴の部分を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、その余の控訴人ら及び参加人ら代理人は原判決中被控訴人勝訴の部分を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求め、附帯控訴につき原判決中被控訴人敗訴の部分を取り消す、控訴人桑原静子同郡司誠造及び参加人らは各自被控訴人に対し昭和二九年六月六日から昭和三一年四月二六日まで一ヵ月金二、五〇〇円の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも右控訴人桑原静子同郡司誠造及び参加人らの負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は次のとおり附加訂正するほか原判決の事実らんに記載されたところと同一であるからここにこれを引用する。

被控訴人は控訴人福島こと桑原静子は別紙第二物件目録(三)記載の建物の占有を参加人峰松孝一に移転し、控訴人(附帯被控訴人)山口照は昭和四六年四月二七日死亡し、参加人山口久子がその占有を承継した、控訴人桑田文次の抗弁事実は争う、本件土地所有者鈴木徳太郎同鈴木五郎の先代鈴木由次郎は訴外梶川すずに本件土地を賃貸したが、同人との間で右賃貸借契約は合意解約したから岡部高三が梶川から本件土地の賃借権を譲受けることはあり得ず、控訴人桑田が岡部からこれを譲受けることもあり得ない、従って控訴人桑田の建物買取請求はその前提を缺き失当である、なお本件土地の賃料相当額は原判決認定のとおりに主張すると述べ(た。)≪証拠関係省略≫

控訴人桑田文次代理人は、はじめ訴外梶川すずは本件土地所有者鈴木由太郎から本件土地を普通建物所有の目的で賃借し、地上に本件建物を所有していたところ、昭和二六年一二月二六日本件建物を訴外岡部高三に本件土地賃借権とともに譲渡し、岡部は昭和三一年四月二七日本件建物を控訴人桑田文次に本件土地の賃借権とともに譲渡し、建物についてはそれぞれそのころ所有権移転登記を経由した、しかし右土地賃借権譲渡については地主鈴木においてこれを承諾しなかったから、控訴人桑田は右鈴木の承継人鈴木徳太郎に対し昭和四三年二月九日、同鈴木五郎に対し同月一〇日各到達の書面により借地法第一〇条にもとずき本件建物の時価による買取請求の意思表示をしたものであり、右価額は金一四三万九、〇〇〇円であるから、同人らから右金員の支払があるまでは本件建物の引渡による本件土地の明渡を拒む、本件土地の賃料相当額が原判決認定のとおりであることは認める、鈴木と梶川が本件土地賃貸借契約を合意解約したことは否認すると述べ(た。)≪証拠関係省略≫

控訴人桑原静子、同郡司誠造及び参加人ら代理人は控訴人桑原静子は昭和四三年一〇月八日結婚して肩書住居地に移転して本件建物には居住していない、その後参加人峰松が引続き賃借していること、控訴人(附帯被控訴人)原田照が被控訴人主張の日に死亡し、参加人山口久子がこれを承継していることは認める、右控訴人及び参加人らは控訴人桑田の抗弁を援用する、従ってそれぞれ本件建物の賃借権をもって本件建物所有権を取得した地主鈴木徳太郎、同鈴木五郎に対抗することができるから、本件建物から退去して本件土地を明渡す義務はないと述べ(た。)≪証拠関係省略≫

理由

一、別紙第一物件目録記載の土地(本件土地)がもと訴外鈴木由次郎の所有であったが、同人が昭和四二年九月二日死亡し訴外鈴木徳太郎及び同鈴木五郎において相続によりその権利義務一切を承継したこと、訴外岡部高三が昭和二八年以前から本件土地上に別紙第二物件目録記載(一)ないし(三)の建物(本件(一)ないし(三)の建物)を所有していたこと、控訴人桑田文次が昭和三一年四月二七日岡部から本件(一)ないし(三)の建物の譲渡を受け、その所有権取得登記を経由し、右建物を所有することにより本件土地を占有していること、控訴人郡司誠造は本件(一)の建物に同山口照は同(二)の建物に、同桑原静子は同(三)の建物に、いずれも昭和二八年四月二日以前から居住してこれを占有し、本件土地中その敷地部分を占有していたこと、右桑原はその後右(三)の建物の占有を参加人峰松孝一に移転し、右山口照が昭和四六年四月二七日死亡し、参加人山口久子において右(二)の建物の占有を承継したことはいずれも当事者間に争いない。

二、一方、≪証拠省略≫をあわせれば、岡部高三は本件(一)ないし(三)の建物を控訴人桑田に譲渡する以前である昭和二八年四月二日原審相原告協和金融株式会社に譲渡し、同会社はさらに昭和二九年六月六日これを被控訴人に譲渡したこと、(従って岡部の控訴人桑田への譲渡は二重譲渡であること)、右会社は昭和二八年八月二五日本件土地の当時の所有者鈴木由次郎から本件土地を普通建物所有の目的で賃料一ヵ月金六三〇円、期間同日から昭和四八年八月二五日までの約で賃借し、次いで右建物譲渡と同時に右賃借権を被控訴人に譲渡し、鈴木において右賃借権の譲渡を承諾したことを認めることができ、本件土地の賃料相当額が昭和三一年四月二七日(控訴人桑田が本件建物を岡部から二重譲渡を受けた日)から昭和三八年六月末日まで一ヵ月金七三八円、昭和三八年七月一日からは一ヵ月金九八四円、昭和三九年四月一日からは一ヵ月金一、二三〇円であることは被控訴人と控訴人桑田との間に争いない。

三、被控訴人は、控訴人桑田の本件(一)ないし(三)の建物の所有による本件土地の占有は地主鈴木に対し無権原であるから、本件土地賃借権を保全するため、地主鈴木に代位して本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求め、かつ同控訴人が本件土地を占有して被控訴人の右賃借権を妨害することにより右昭和三一年四月二七日から被控訴人にこうむらせている前記割合による賃料相当の損害金の支払を求めると主張するところ、これに対し控訴人桑田は、はじめ訴外梶川すずにおいて地主鈴木由次郎から本件土地を普通建物所有のため賃借して地上に本件(一)ないし(三)の建物を所有していたところ、梶川は岡部に本件各建物を右土地賃借権とともに譲渡し、岡部はさらに控訴人桑田に本件各建物を右土地賃借権とともに譲渡したのであって、右賃借権の譲渡については地主鈴木の承諾が得られなかったから、借地法第一〇条にもとずき地主鈴木に対し本件各建物の時価による買取を請求し、その買取代金の支払あるまで本件各建物の引渡による本件土地の明渡を拒むと主張するのである。よってこの点について検討するに、≪証拠省略≫によれば昭和二五年三月二九日梶川すずは本件各建物を前主水野国太郎より売買により取得し、同年四月二六日その旨所有権取得登記をし、昭和二六年一二月二六日これを岡部に譲渡し、同日その旨所有権移転登記をしたことが認められ、そのころ梶川が本件土地を地主鈴木から普通建物所有の目的で賃借していたことは当事者間に争いない(もっとも右賃貸借の期間その他の詳細については梶川すず、鈴木由次郎が死亡し、岡部高三も行方不明である本件においてはこれを知るに由ないけれども、少くとも期間満了の主張のない本件では結論に影響ないと考えるべきである)。被控訴人は、地主鈴木と梶川との本件土地賃貸借はそのころ当事者合意の上解約したと主張する。しかし≪証拠省略≫により成立を認めるべき甲第四七号証(借地権返還書)の記載によっては右合意解約の事実を認めるには十分でない。なんとなれば≪証拠省略≫によれば右書面は昭和四二年一月二二日(本訴係属後)地主鈴木由次郎の子鈴木五郎(由次郎死亡により相続人となった一人)が被控訴人とともに梶川武方に来て住所氏名宛名以外あらかじめ作成(その筆蹟からみて被控訴人の作成したものと推認される)されたものに梶川すずの代理として署名押印することを求められたところ、当時すずはすでに死亡しており、同人の子である右武はすずが本件各建物を所有していたことや土地を賃借していたこと等その内容については全く何も知らなかったが、本件訴訟上必要であるから頼むといわれるままに住所氏名(梶川すず代理梶川武)を書き名下に押印し、名宛人を鈴木由次郎として右鈴木五郎に交付したものであることが明らかであるから、その作成名義人の書面としてはきわめて証明力に乏しいものといわなければならないからである。また原審及び当審証人鈴木徳太郎の証言中には被控訴人の右合意解約の主張にそう如き部分があるが、右証人の当審における供述によれば同人が右合意解約ありとしたのは右にその証明力を吟味した甲第四七号証によってであり、自分自身としては関与せず、父からその話のあったことはきいたがはっきりしないというのであり、とくに当審第二回の供述ではむしろ梶川すずは二年くらい賃料を持って来ていたといい、前認定の梶川の本件建物所有の期間とほぼ一致しているのであり、父由次郎が梶川にその後の賃料支払を請求したが、その結果については何も聞いていないとしているのであるから、これらを通じて考えれば前記合意解約の主張にそう供述部分はその根拠があいまいで採用しがたいものといわなければならない。当時仮りにすずが生存していたとしても、すでに本件各建物を手離して敷地の利用に関心のなくなっていたすずとしては自分に現に借地権のないことという限度では容易にこれを肯定したであろう。その他に右合意解約の事実(ないしは賃料不払による解除その他右梶川の岡部への建物譲渡以前における借地権消滅の事実)を認めるべき的確な証拠はない。しかりとすれば梶川が本件建物を岡部に譲渡したとき、反対の事情の認めるべきもののない本件では梶川は本件土地賃借権をもあわせて譲渡したものと推認すべく、同様岡部が本件各建物を控訴人桑田に譲渡(二重譲渡)したとき、岡部も右土地賃借権を控訴人桑田に譲渡したものと推認すべきである。しかして梶川から岡部への右土地賃借権譲渡について賃貸人たる地主鈴木の承諾のあったことはこれを認めるべき資料がなく、岡部から控訴人桑田への譲渡につき賃貸人たる地主鈴木の承諾のなかったことは控訴人桑田の自認するところである。しからば控訴人桑田は地主鈴木に代位して本訴請求をする被控訴人に対しては、右鈴木に対する本件建物買取請求の抗弁をもって対抗し得るものというべきところ、≪証拠省略≫によれば控訴人桑田は地主鈴木由次郎の相続人鈴木徳太郎に対しては昭和四三年二月九日、同鈴木五郎に対しては同月一〇日各到達の書面で借地法第一〇条にもとずき本件(一)ないし(三)の建物を時価で買取ることを請求したことが明らかであり、≪証拠省略≫によれば右建物の右買取請求当時の価額(場所的利益を含む)は金一四三万九〇〇〇円と認めるのが相当である。従って本件各建物はおそくとも昭和四三年二月一〇日右鈴木らの所有に帰したが、控訴人桑田は鈴木徳太郎及び鈴木五郎から右金員の支払のあるまで本件各建物を引渡して本件土地を明渡すことを拒むことができるものというべく、右鈴木らの権利を代位行使する被控訴人に対しても、右鈴木らからの右金員の支払と引換えにのみ鈴木らに対し本件建物引渡による本件土地明渡をすれば足りる(その結果、被控訴人は鈴木らとの間で本件建物の所有権の帰属をきめるべきこととなり、これは本件の如き二重譲渡の場合の不可避の結果であるが、すでに被控訴人に対し本件土地を賃貸している鈴木との間で、この解決は容易であると推認される。なお岡部の本件建物の二重譲渡については控訴人桑田が所有権移転登記を了しているから被控訴人は直接控訴人桑田に対する関係ではその建物所有権を対抗し得ないものというべきであるが、本件は地主の権利の代位行使であるから、この点は関係ない。また被控訴人は従来地主鈴木に代位して直接自己への建物収去、土地明渡を求めて来たが、右買取請求が是認される結果右請求は当然の変形を受けるものというべく、右代金引換による建物引渡土地明渡は地主鈴木らにすれば足りるものというべく、爾後の関係は被控訴人と鈴木らとの解決に残されること前同様である)。次に控訴人桑田は本件各建物の所有権を取得して本件土地の占有をはじめた昭和三一年四月二七日から建物買取請求の時まで、本件土地を権原なく占有することによってすでにこれより以前適法に地主鈴木より本件土地を賃借している被控訴人の賃借権の行使を妨害し、それによって被控訴人に賃料相当の損害をこうむらせたものというべきであって、反対の事情の認めがたい本件では右は少くとも過失にもとずくものと推認すべきであるから、被控訴人に対し昭和三一年四月二七日からは一ヵ月金七三八円、昭和三八年七月一日からは同金九八四円、昭和三九年四月一日から昭和四三年二月一〇日までは一ヵ月金一、二三〇円の支払義務があることは明らかであるが、右買取請求以後は鈴木に対する同時履行の抗弁及び留置権の行使によってその占有は代金支払あるまで違法性を缺き、鈴木らに対して土地賃料額相当の不当利得債務を生ずることはあっても、被控訴人の土地賃借権侵害なる不法行為とはならないものというべきであるから、この点の被控訴人の請求は失当である。

四、被控訴人のその余の控訴人ら及び参加人らに対する請求について検討するに、控訴人郡司誠造、参加人山口久子の被承継人山口照、控訴人桑原静子がそれぞれ本件(一)ないし(三)の建物を昭和二八年四月二日以前から当時の所有者(右時点では岡部)から賃借して引渡を受けていたことは当事者間に争ないから同人らは岡部から建物所有権を取得した者に右賃借権をもって対抗し得べく、その承継人たる参加人らについても同様である。従って同人らは控訴人桑田の抗弁を援用し得るものというべきであるから、控訴人桑田の買取請求の結果建物所有者となった鈴木徳太郎及び鈴木五郎に右賃借権をもって対抗し得ることは明らかである。従って右鈴木らに代位してする建物明渡による敷地の明渡及び賃借権侵害による損害賠償を求める被控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。その他に被控訴人において右控訴人ら及び参加人らに対し本件各建物の明渡を求め得べき事由は被控訴人の主張しないところである。

五、よって被控訴人の控訴人桑田に対する請求を右の限度で正当として認容し、その余の部分並びにその余の控訴人及び参加人らに対する請求を理由のないものとして棄却すべく、これと異なる原判決を右の趣旨で変更し、被控訴人の附帯控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用及び参加費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条第九二条第九四条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 浅沼武 判事岡本元夫同田畑常彦はいずれも転任につき署名押印することができない。裁判長判事 浅沼武)

〈以下省略〉

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